LOGIN死者の名を使って官吏になった者が、陸文成以外にも少なくとも八人いる可能性が出た翌朝、還名房の空気はいつも以上に重かった。
机の上には、戸部、刑部、工部、地方官庁から集められた人事記録と科挙受験簿、それから死亡戸籍の写しが並べられている。紙の量だけなら白家事件の最中にも見慣れたものだったけれど、今回は一枚めくるたびに「この名前で生きている人間は、本当は誰なのか」と考えなければならないので、読んでいるだけで頭の奥がじわじわ痛くなった。
「これ、全部調べ終わったら、今度は何人増えるんでしょうね」
私が思わず呟くと、方玄は顔も上げずに答えた。
「増えることを前提にしないでください」
「でも昨日十二人だった死人が二十八人になって、そのあと官吏まで八人出てきました」
「正確には、戸籍不整合が疑われる官吏が八名です。偽戸籍使用が確定したわけではありません」
「方
第二章 第八十三話 正しい記録ほど残酷です 死者の名を使って官吏になった者が、陸文成以外にも少なくとも八人いる可能性が出た翌朝、還名房の空気はいつも以上に重かった。 机の上には、戸部、刑部、工部、地方官庁から集められた人事記録と科挙受験簿、それから死亡戸籍の写しが並べられている。紙の量だけなら白家事件の最中にも見慣れたものだったけれど、今回は一枚めくるたびに「この名前で生きている人間は、本当は誰なのか」と考えなければならないので、読んでいるだけで頭の奥がじわじわ痛くなった。「これ、全部調べ終わったら、今度は何人増えるんでしょうね」 私が思わず呟くと、方玄は顔も上げずに答えた。「増えることを前提にしないでください」「でも昨日十二人だった死人が二十八人になって、そのあと官吏まで八人出てきました」「正確には、戸籍不整合が疑われる官吏が八名です。偽戸籍使用が確定したわけではありません」「方玄さんは、こういう時だけ希望を持たせる言い方をしますね」「希望ではなく正確性です」「同じようなものです」「全然違います」 蘭々が隣の机から顔を上げた。「でも方玄、昨日より顔死んでるよ」「死亡扱いしないでください」「顔の話」「分かっています」「寝た?」「寝ました」「何刻?」「あなたに申告する義務はありません」「鈴花、これ絶対寝てないやつ」「そうですね」「なぜ二人して私を管理しようとするのですか」「方玄さんが倒れたら記録が止まるからです」 私が答えると、方玄は一瞬だけ黙った。「仕事のためですか」「心配もしています」「後
第二章 第八十二話 死人の名前で官吏になった男 王徳が運び込まれたのは、都北門に近い軍医療所だった。 景黎様へ連絡を入れたところ、返事より先に護衛兵が還名房へ到着し、その少し後に本人まで現れたので、私は思わず「皇弟殿下にはもっと別の仕事があるでしょう」と言ったのだけれど、景黎様はまったく悪びれず、「お前が刺された男のところへ、命を狙われている十四歳の娘を連れて行こうとしていると聞いて、それでも朝議に座っていろというのか」と返してきた。「だから護衛をお願いしたんです。景黎様まで来てくださいとは言っていません」「護衛だけ送ったら、お前はその護衛へ『ここから先は大丈夫です』と言って勝手に別の場所へ行くだろう」「そんなことは」 ない、と言い切ろうとしたところで、蘭々と方玄と白瑛が揃ってこちらを見た。「何ですか」「続けてください」 方玄が言う。「言い切れるなら」「……今日は言い切らないでおきます」「賢明です」「方玄さんまで景黎様側へ行かないでください」「私は事実側です」「そういう言い方を覚えましたね」 蘭々がくすくす笑い、紅珠だけは笑わなかった。 当然だと思う。 少女は母の梅春と並んで馬車へ座り、ずっと両手を握りしめていた。怒っているようにも、怖がっているようにも見える。その隣で梅春も何度か娘へ声をかけようとして、結局やめていた。 母娘は再会した。 でも、それですべて元へ戻ったわけではない。 紅珠はまだ母に怒っているし、梅春は娘へどこまで近づいていいのか分からない。昨日は餃子の包み方で少しだけ笑えたけれど、笑えたからといって三年分が消えるわけではない。 そんな二人が今から会うのは、紅珠を奉公へ出し、死亡届を出し、そ
第二章 第八十一話 生きている死人が十二人 東籍院へ正式な照会を出した翌朝、還名房へ届いた返事は、私たちが期待していたものよりずっと早く、そしてずっと嫌なものだった。 東河州から届いたわけではない。都の戸部が、昨夜のうちに二十八人の死亡戸籍について現在の居所を可能な限り洗い直し、その中で本人らしい人物の生存を十二人まで確認したのである。「つまり、死んでいる二十八人のうち十二人が生きてるってこと?」 蘭々が言ってから自分で眉を寄せた。「今、自分で言ったけど意味分かんない。死んでるのに生きてるって何」「戸籍上死亡している二十八名のうち、死亡前の本人と推定される人物が十二名、生存しているという意味です」 方玄が訂正した。「長い」「正確です」「でも分かりにくい」「あなたの言い方では意味が逆転します」「じゃあ鈴花なら何て言う?」 急に振られたので、私は机の上に並べられた十二枚の報告書を見た。「国に殺されたまま、生きている人が十二人見つかった、でしょうか」 方玄が嫌そうな顔をした。「情緒的すぎます」「でも分かりやすい」 蘭々が頷く。「私は嫌いではありません」 白瑛まで言ったので、方玄が一人だけ負けたような顔になる。「記録には書きませんからね」「誰も書いてとは言っていません」「あなた方は気づくと妙な言葉を正式記録へ入れようとしますから、先に言っておきます」「『台車、強い』は蘭々です」「まだ根に持ってるの?」「持ちます」 蘭々が笑ったけれど、笑いは長く続かなかった。 十二枚の紙がある。
第二章 第八十話 後宮の外にも地獄がありました 韓徳元の名が記された釈放命令書を見つけた時、私はすぐに戸部へ乗り込もうとしたのだけれど、それを止めたのは景黎様でも方玄でもなく、珍しく蘭々だった。「鈴花、今その顔で韓尚書のところへ行ったら、最初の三言くらいで『あなたが逃がしたんですか』って言うでしょ。それで韓尚書が『証拠は?』って返して、鈴花が余計に腹を立てて、結局また二人で難しい話を始めるから、先に何が起きたのか調べた方がいいよ」「私はそこまで短気ではありません」「うん、鈴花は怒鳴らないもんね。静かに刺すだけで」「人聞きの悪い言い方をしないでください」「でも、韓尚書本人が自分の印を勝手に使われた可能性もあるでしょう」 蘭々にそう言われて、私は返す言葉を失った。ほんの数日前なら「とにかく本人へ聞きに行けばいい」と言っていた人が、いつの間にそんな慎重な考え方を覚えたのだろう。 方玄も驚いたらしく、手にしていた釈放命令書から顔を上げた。「蘭々さんが証拠を確認してから動こうと言う日が来るとは思いませんでした」「何その言い方。私だって成長するよ」「急激すぎて怖いです」「方玄にだけは言われたくない」「どういう意味ですか」「最初は何でも『規則では』『法では』『記録上は』だったのに、最近は床の紙粉まで拾ってるじゃん」「あなた方に付き合わされた結果です」「ほら、成長してる」「私はこれを成長と認めたくありません」 そんなやり取りをしている横で、私は改めて命令書を机に広げた。 閉鎖戸籍庫の書記・林祥。死者戸籍の価格表について証言し、「すべて話す」と申し出ていた男である。 釈放時刻は今日の午前。 理由は「証拠不十分につき一時解放」。 承認者、戸部尚書・韓徳
第二章 第七十九話 白啓が笑いました 白啓の隔離室へ向かう途中、私は何度も手の中の紙を折りそうになって、そのたびに力を抜いた。 死者戸籍の価格表。 若い女、婚姻可能、土地承継可能、科挙資格、兵籍変更可能。 人の名前を、布や薬草や香木と同じように条件ごとに並べ、その横へ銀の額を書いたものだった。 その中には、紅珠の戸籍と思われる「王氏女・土地承継可・若年」という記載があり、値段は銀百両。本人が周記布店で半年働いて家へ送られた金より、死んだことにされた後の名前の方が、はるかに高く売られていた。「鈴花、紙がかわいそう」 隣を歩いていた蘭々が言った。「何がですか」「さっきから握りすぎ。紙に怒っても仕方ないでしょ」「怒っていません」「怒ってるよ。鈴花、本当に怒ってる時だけ口がすごく丁寧になるもん」「いつも丁寧です」「今の『いつも丁寧です』が一番怖い」 私は手元を見ると、確かに紙の端が少し曲がっていたので、仕方なく方玄へ渡した。「持っていてください」「最初から私が持つと言ったでしょう」「白啓に見せるのは私です」「見せるだけなら、私が運んでも同じです」「私が持っていた方が腹が立つので」「それは理由になっていません」「でも分かります」 蘭々が横から頷いた。 方玄は、理解できない人たちに囲まれたという顔で天井を見た。「そもそも、どうして蘭々さんまで同行しているのですか」「白啓が嫌いだから」「理由になっていません」「鈴花一人だと、あのおじいさんにまた嫌なこと言われて黙り込むかもしれないし」「黙り込みません」
第二章 第七十八話 名前は売れる 翌朝、紅珠に「お母さんが来ています」と告げるまで、私は何度も頭の中で言い方を考えていたのだけれど、結局、気の利いた言葉など一つも思いつかなかった。 母親が娘を三年間死んだと思っていたことも、昨日は役人の前で「娘ではない」と嘘をついたことも、その理由が弟を殺すと脅されたからだったことも、銀十両を受け取って生活のために使ったことも、どれか一つだけなら説明できる。しかし、それらが全部同時に存在しているのが人間で、ひとまとめにして「お母さんも仕方がなかったのです」と言えば紅珠を傷つけるし、「あなたを裏切った母親です」と言えば梅春の三年間を削ってしまう。 だから私は、医療房の寝台で朝の薬湯を嫌そうに飲んでいる紅珠へ、余計な飾りを付けずに言った。「紅珠さん。お母さんが、昨夜ここへ来ました」 紅珠の手が止まった。 椀の中で、薄茶色の薬湯が小さく揺れる。「……母さんが?」「はい。柳根村から一人で来ました」「どうして?」「あなたに会うためです」「私のこと、娘じゃないって言ったんですよね」 予想していた。 それでも胸が痛む。「役人には、そう言いました」「じゃあ、何で会いに来るんですか」「それを、お母さん自身から聞きますか」 紅珠はすぐには答えなかった。 薬湯の椀を膝へ置いたまま、唇を引き結んでいる。十四歳の子供らしい顔と、大人を信用しない人間の顔が、同じところにあった。「鈴花さんは、もう聞いたんですか」「聞きました」「じゃあ教えてください」「私から聞くのと、お母さんから聞くのでは違います」「でも、母さんが嘘つくかもしれない」「その時は、私たちが







